「叱らなくて済む環境」ってどういうこと? 不適切保育を"個人の問題"にしない考え方
不適切保育は保育者の言葉づかいの問題として語られがちですが、ある研修では「環境は第3の保育者」という切り口が使われていました。環境構成の話と、不適切保育防止の話がつながる視点を紹介します。
先日、東京都国立市の保育園で行われた「不適切保育防止・メンタルヘルス研修」のレポートを目にしました。研修そのものは一法人の取り組みですが、内容は多くの園に共通するテーマだったので、少し掘り下げてみます。
「叱ってしまう自分」を責める前に
不適切保育というと、つい保育者の言葉づかいや接し方の問題として捉えられがちです。でも、この研修で扱われていたのはちょっと違う視点でした。
「環境は第3の保育者」という考え方です。
子どもの様子が見えにくい死角、狭くて動きにくい通路、片付けにくいおもちゃの配置。こうした物理的な環境が、子ども同士のトラブルや、保育者自身の焦り・イライラにつながっていることがある、という指摘です。
つまり、「つい叱ってしまう」場面があったとき、それは自分の性格や余裕のなさのせいだと抱え込む前に、「そもそもこの場面、環境を変えたら防げたんじゃないか」と考えてみる余地がある、ということです。
研修では「自分たちの園では、どの場所・どの場面で子どもを叱ることが多いだろう?」を実際に振り返るワークがあったそうです。これは特別な道具もいらないので、園内のミーティングでそのまま使えそうな問いかけだと思いました。
保育者は「脳」も疲れている
もう一つ印象的だったのが、メンタルヘルスに関するパートです。
保育の仕事は、子どもの安全確認、一人ひとりの様子の把握、職員同士の連携、保護者対応を同時にこなす、いわばマルチタスクの連続です。研修では、この状態を「脳のアイドリング状態」と表現していました。
家に帰ってからも「今日のあの対応、大丈夫だったかな」と考え続けてしまうと、体は休んでいても脳は働き続けたままになる。これは多くの保育士さんに心当たりがあるのではないでしょうか。
対策として紹介されていたのが、「脱・完璧主義」という考え方です。研修講師の言葉を借りると、子どもを安全に保護者へ引き渡せたら、それだけで保育は十分な成功だという捉え方です。100点を目指し続けるのではなく、60点で楽しむくらいの力の抜き方が、結果的に長く働き続けることにつながる、という趣旨でした。
いろいろな園の話を聞いていて感じること
複数の園の話を耳にする機会があると、「環境」の重要性そのものは、いろいろな講師の方がよく口にしているという印象があります。ただ、その多くは「子どもの遊びを深めるための環境構成」という文脈です。おもちゃの配置や動線を工夫して、子どもが夢中になれる空間をどうつくるか、という話は研修でもよく耳にします。
一方で、「環境」を不適切保育の防止という角度から語っているのは、正直あまり聞いたことがありませんでした。環境構成というと”子どもの育ちのため”という文脈で語られることが多く、“保育者を叱らずに済む状態に導くため”という視点は、同じ「環境」という言葉を使いながらも、狙いがずいぶん違います。
似たテーマを扱っているようで実は切り口が別、というのは面白いところで、園によっては「環境構成」の研修と「不適切保育防止」の研修を別物として捉えているケースも多いのではないかと感じます。両方を同じ土台(環境づくり)で語れるという点に、この研修の独自性がありそうです。
まとめ
不適切保育の防止も、保育者自身のメンタルヘルスも、「個人がもっと頑張る」ことでは長続きしません。環境を見直すこと、そして自分自身を休ませることを許すこと。この両輪が大事なのだと、あらためて感じさせられる内容でした。
同じような研修は10月・11月にも予定されており、近隣の園からの参加も可能とのことです。気になる方は、園を通じて情報を確認してみるとよいかもしれません。
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